HOMEメディア掲載・講演実績03_2002年8月24日:朝日新聞
「医療」シリーズ癌(アメリカからの報告-3)「垣根なくチーム医療」
「やあ。口内炎の具合はどうかな。うん。だいぶいいようだね。来週には退院できるよ」
悪性リンパ腫で入院中のリッキーさん(27)を診察したマルコス・デ・リマ医師が話した。
米ヒューストンにあるテキサス大学MDアンダーソンがんセンター造血管細胞移植病棟。ある日の午前中の回診で、リマ医師の後ろにいた5人のスタッフが検査データを見ながら病状について議論を始め、結果をリマ医師が説明する。
5人は、上級専門看護士、病棟看護士、臨床薬剤師、補助医師ら。がん治療の専門教育を受けたさまざまな職種の人たちで編成するチームのメンバーだ。それぞれの立場から意見を述べ、治療にあたる。
教授を先頭に、若い医師たちが付き添い、質問に答える、といった形の日本の回診とはずいぶんと異なっている。
「抗がん剤による吐き気への対処や痛みの緩和などを医師に助言します」と話すシンディ・イポリティさんは臨床薬剤師。上級専門看護士のジョイス・ニューマンさんは「チームで立てた治療計画に基づいて自らの判断で検査をオーダーします。簡単な薬の処方もしますね」と教えてくれた。
患者の生活を支援するソーシャルワーカー、患者が加入している保険会社と交渉するケースマネージャーらもチームに加わる。
このチームを率いるのが、メディカル・オンコロジスト(腫瘍内科医)と呼ばれるがんの専門医だ。
日本には、米国のような腫瘍内科医がほとんどいない。看護士や薬剤師もがんの専門教育を受けていない。医師が一人で診察、薬の処方、経過観察、さらには研究まで担っている場合が少なくない。
MDアンダーソンがんセンター造血幹細胞移植病棟の腫瘍内科医、上野直人さんは言う。「私の仕事はスタッフたちの意見の調整役です。それぞれのスタッフが対等な立場で専門的な視点から提言しあう。だから医療ミスが減り、最善の治療ができる」
もちろん、そこには外科、内科、放射線科・・・といった垣根はない。
「44歳女性。6年前に乳房に腫瘍が見つかって切除し、再建手術しました。ここに再発が見られます」
MDアンダーソンの乳がんセンターで、症例を検討するカンファレンスが始まった。検査技師が映し出した胸のレントゲン写真を、様々な専門医が見つめる。
「さあ、行きましょう」
主治医のマルグリット・ロザレス医師が言って、患者が待つ診察室にみんなで向かった。
ロザレス医師のほか、専門の異なる4人の医師が患者を囲んで質問。会議室に戻って再び検討を始めた。
「再建手術が早すぎたかもしれないな」
「腫瘍が小さいので二つの抗がん剤を併用してみたらどうか」・・・
そして今度はロザレス医師だけが診察室に戻り、患者に結果を知らせた。
「多剤併用の化学療法を2ないし3サイクルして様子をみてみましょう。効かなければ、造血幹細胞を移植する方法もあります」
「様々な専門の医師が話し合うことで、常に治療が進化していく。それに、個々のスタッフも、自分の専門外の知識も深まります。何でも一人でする日本の医師よりも詳しくなっているかも知れませんね」